石のかたまりを組んだ噴水は、季節の冷えをそのまま抱えている。水面は薄く、空も薄い。けれどテントの列へ近づくほど、世界は少しずつ“あたたかい方角”へ傾く。
紙カップのふちに触れる指先、カップを渡すタイミングの呼吸、粉が湯を受けて膨らむ音のない盛り上がり。コーヒーの場とは、液体の温度以上に、そこで交わされる小さな配慮の密度であたたまる。
この日、横須賀の冬は「寒い」より先に「香る」。
第一章|フェスの輪郭:無料の入場、濃い一口
YOKOSUKA COFFEE FESTIVAL(横須賀コーヒーフェスティバル)**は、横須賀の中心部・市役所前公園にコーヒーと菓子が集まる、街の呼吸みたいな催し。会期は2026年2月7日・8日、10:00〜17:00。入場は無料。会場は横須賀中央駅から徒歩圏。
このフェスの核にあるのが、飲み比べ。各店のこだわりの一杯を「約60ml」で受け取り、香りと余韻の差を歩きながら繋いでいく。チケットがなくても、単品ドリンクや豆購入も可能という開き方も、街のイベントとして優しい。
出店は、東京・湘南・横須賀近辺の実力店がまとまって並ぶ。たとえばコーヒーは Lonich, / ALL SEASONS COFFEE / Ariowl Coffee / kakyo / Finetime Coffee Roasters / 珈ノ鳥 / Fucuramu Coffee Roastery / 厚木珈琲 / STORY BOX & coffee roaster / SWAN COFFEE / andsaturday / Dark Arts Coffee / Calender / ignis / medium / THE COFFEESHOP / No.13。フードは RESTORE &ととのい / Raconter / ㎡(自家製チョコと焼菓子)/ ツクイクレープ / エデン横浜。
“選べる”のに、迷子になりにくい。地図(ブース番号)とQRが効いていて、歩くルートが自然に組み上がる。フェス慣れした導線は、巡礼者の集中力を削らない。

第二章|巡礼の作戦:一杯ごとに、脳内の地図が更新される
フェスは、気合いだけで勝てない。寒さと混雑と体力が、静かに点数を奪っていく。だから、勝ち筋はいつも「小さく正確」。
・ 一口の飲み比べで“味の方向”を掴む
・気になった店で、豆や抽出の話を短く深く拾う
・最後に、家で再現できる形(レシピ・比率・DM導線)を確保する
抽出台の整い方、ポットの待機、ドリッパーの光り方。あのテーブルは“美味しいが出る道具立て”になっている。ああいうブースは、味の説明より先に信頼が立ち上がる。巡礼は、飲んだ杯数ではなく「再現できる情報」の密度で勝つ。
第三章|ブース別メモ:横須賀で出会った“運営の美学”
1) medium:複数の人生が、同じ温度で注がれる
インタビューの言葉が、まず誠実だった。
「みんな本業が別にあって、別々のバックグラウンドがある。その個性を活かしながらやっている」
店の特徴を“味”だけでなく“成り立ち”から語るのは、ブランドの体温が一定である証拠。
さらに、再現の導線も明快。
「レシピをオンラインに載せている。分からないことがあればDMで聞いてくれたら答える」
これは、買って終わりではなく、家の一杯まで責任を持つという態度。イベントの一口を、生活の一杯へ繋げる発想がある。
そしてペアリングの答えが面白い。
チーズケーキや他のケーキも“それぞれ美味しい”が、ロールケーキは「互いに高め合う」「相乗効果が生まれる」「邪魔しない」と言い切る。
ここに、味覚の設計思想が見える。甘さを足すのではなく、余韻を伸ばすための甘さ。
2) ALL SEASONS COFFEE:甘さの輪郭を、最後まで崩さない
別ブースでの印象として残るのは、甘さの扱いが上手い店ほど、抽出が“急がない”こと。湯を当てる速度が落ち着いていて、香りの立ち上がりが滑らか。
フェスの一口サイズでも、設計が崩れない店は強い。短距離走でフォームが乱れない、みたいな話。
3) :コーヒーを主役にする菓子、菓子を主役にするコーヒー
フードブースは、勝手に“コーヒーの良さ”を引き出してくる。甘さの角度、香りの持続、食感のテンポ。
ここで効くのが、さっきのmediumの言葉——ロールケーキの「相乗効果」。菓子は甘いだけで終わらない。コーヒーの余韻を翻訳する役目を持つ。


所作メモ|抽出の“見える部分”だけ拾う
現場で見える情報は、いつも再現に直結する。
・粉量と湯量の比率を、まず固定する(迷いを減らす)
・1投目は、味を決めるより「粉全体を均す」意識
・蒸らしは短くてもいいが、ムラだけは残さない
・一口提供でも、湯の当て方は“雑にしない”店が強い
抽出は、技術より先に「手つきの落ち着き」が味を作る。
家での再現TIP|mediumの“確実な道”を使う
mediumは「オンラインのレシピが確実」「DMで質問OK」という導線を提示してくれている。だから家では、変化球よりも再現性を優先する。
・レシピを先に読む(湯温・比率・挽き目の前提を合わせる)
・まずは一回、レシピ通りに淹れて“基準点”を作る
・2回目で、変えるのは一つだけ(挽き目 or 湯温 or 注ぎ方)
・味がズレたら、DMで“ズレ方”を言語化して聞く
例:酸が立ちすぎる/甘さが出ない/余韻が短い/渋みが出る
この順番なら、家の台所が小さな研究室になる。再現の精度が上がるほど、
フェスの一口が“偶然”ではなくなる。

ペアリング|「相乗効果」を起こす甘さ
・ロールケーキ:互いに高め合う、邪魔しない、相乗効果(mediumの答えの芯)
・プリン系:苦味があるブレンドや深めの焙煎に、甘さと卵のコクが“背中”を付ける
・シンプルな焼菓子(フィナンシェ、サブレ):果実味のある豆に、香ばしさで輪郭を足す
ペアリングは“正解”ではなく“設計”。甘さで押すか、香ばしさで支えるか、食感でテンポを作るか。
選び方にその人のコーヒー観が出る。
喫茶叙景文 ~雪と湯気のあいだで~
雪は、降っているというより“漂って”いた。粒が小さく、軽く、風にほどかれて、
空のどこかで行き先を失っている。頬に触れたと思った瞬間にはもう消えていて、
冷たさだけが遅れて残る。手袋の繊維に入り込んだ湿り気が、
指先の感覚を少しずつ薄くしていく。
会場へ向かう道は、いつもより音が少ない。車の走る音が遠い紙の向こうに押しやられ、
代わりに、靴底が濡れた地面を踏む小さな音だけが、自分の歩幅を正確に知らせてくる。
冷たい風は、角を曲がるたびに向きを変えて、誰の体温も平等に奪っていく。
今日の天気は、優しくない。優しくないから、温かいものの価値が、最初から正直に見える。
テントが並ぶ広場は、白い布が風を受けるたび、呼吸のように膨らむ。
噴水の石は冷え切っていて、水面の近くに立つと、冷たさが足首から上へ這い上がってくる。
冬の骨格が、そこに露出している。それなのに、湯気は立つ。
誰かのケトルから、誰かのドリッパーへ、誰かの紙カップへ。
熱い湯は、冷たい世界に負けない。勝つのでもない。ただ、淡々と、湯気として存在する。
一口のコーヒーは、小さい。けれど小さいから、香りは散らばらず、
濃度を保ったまま鼻腔に届く。まず匂いが来る。遅れて味が来る。最後に余韻が残る。
この順番が、雪の日にはいっそう鮮明になる。冷えた空気は香りを運び、
冷えた指先はカップの温度を際立たせる。熱が“ありがたい”という感情に直結してしまうのは、たぶん今日みたいな日だ。
フェスの良さは、正解を押しつけないところにある。同じブースの前で同じ説明を聞いても、
誰かは果実の匂いを拾い、誰かは甘さの影に気づき、誰かは「今日は苦いのがいい」と言う。
コーヒーは、味を統一する飲み物じゃない。むしろ、違いが並ぶことで、輪郭がはっきりする。飲み比べの小さな杯が、その違いを目の前に置く。“比較”は競争ではなく、理解のためにある。一口が短いぶん、判断が速くなる。速くなるぶん、迷い方が上手くなる。

今日の広場では、そういう学習が静かに繰り返されていた。
寒さは、体力を奪う。だから、巡礼は欲張るほど雑になる。
けれど逆に、寒さは“選び方”を洗ってくれる。必要なものと、そうでもないものを、
体が先に教えてくる。甘いものを一つ挟む。少し温かい飲み物を選ぶ。
風の当たりにくい場所で、メモを取る。その小さな工夫が、次の一杯の解像度を上げる。
フェスの攻略は、気合いより、呼吸の管理だ。
今日の総括は、湯気が立つ場所に人が集まった、という一点に尽きる。
雪と風がある日、外でコーヒーを飲む行為は、少しだけ奇妙だ。
屋内で十分に温かいものを飲めるのに、わざわざ寒さの中へ出ていく。
けれどその奇妙さが、たぶん祝祭の正体だ。温かいものを、温かいまま受け取るために、
冷たい世界へ立つ。そのギャップが、味を“イベント”に変える。
テントの隙間から吹く風に、誰かの手がカップを守る。湯気が風にちぎれて、
白い糸みたいに流れる。紙袋が擦れる音、豆袋のチャックの音、短い会釈、短い会話。
大きな音はない。でも、確かに人と人が近づく音がする。
帰り道、雪はまだ漂っている。手袋の内側に香りが残っていて、指先は冷たいのに、
どこかでまだ温かい。会場で飲んだ一口の、どれが一番だったかは、もう決めなくていい。
決めなくていい代わりに、身体の中には“再現の種”がいくつも残っている。蒸らしの長さ。
注ぐ速さ。甘さを探す姿勢。相性の取り方。その種は、家の台所でまた芽を出す。
雪の日のフェスは、派手じゃない。むしろ、静かだ。冷たい。少し厳しい。
だからこそ、湯気が立つ瞬間が、ちゃんと嬉しい。
コーヒーは、贅沢ではなく、生活の救いに近い。そういうことを、寒さが思い出させてくれる。
今日の横須賀は、冷たかった。そして、確かに香っていた。

店舗概要
- 1 住所:
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市役所前公園(神奈川県横須賀市小川町9)
- 2 アクセス:
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横須賀中央駅 徒歩5分
- 3 営業時間:
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10:00〜17:00(2026年2月7日・8日)
- 4 備考:
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入場無料。飲み比べは各店約60mlで比較可能。チケットなしでも単品ドリンク・豆購入可。
- 5公式Instagram:










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