ガラス一枚の向こうで、金属が呼吸する。
エスプレッソマシンの温度は、言葉より先に空気を変える。湯気、音、手首の角度。
立ち止まる人の視線が、自然に一点へ収束する。そこにあるのは、コーヒーというより体験の輪郭だ。
ラテは飲み物の形を借りた、目撃であり、入口だ。
この場で語られるコンセプトは「飲める芸術」。
飲む前に、まず“見る”。見ることで、飲むが深くなる。
それを、店のスタイルとして真正面から掲げる潔さがある。
第一章|ブースの風景:エスプレッソマシンという宣言
今回のフェスの中で、エスプレッソマシンを使って“見せる”スタイルは、まだ新しい部類だと話していた。
「うちは、エスプレッソマシンを使用してお客様にお見せするというスタイルは、たぶん新しい方だとは思っていて」
この言葉の中に、この店の設計図が入っている。
ラテアート=技術の披露になりがちに見えて、実は逆だ。
技術は“入口”のためにある。
「カフェラテとかラテアートというのは、いろんなお客様のコーヒーの入り口になりやすい」
入口から入ってきた人が、そのまま味わう行為へ移動できるように、目の前で“飲む前の体験”をつくる。
「お客様に直で楽しんでもらう、味わうというところと、作っているパフォーマンスというところを見てもらって」
見せることは、派手にすることではない。
見せることは、飲む覚悟をやさしく整えることだ。
「スペシャルティは難しい」と言われることがある。
香りの言語、酸の解像度、焙煎の段階。好きな人ほど、話が細くなる。
けれど、ラテアートは違う。視覚で伝わり、気持ちで理解できる。
インタビューの言葉が、その設計図をはっきり示す。
「カフェラテとかラテアートというのは、いろんなお客様のコーヒーの入り口になりやすい」
「お客様に直で楽しんでもらう、味わうというところと、
作っているパフォーマンスを見てもらって、飲む体験を感じてもらえる」
入口を、入口のまま終わらせない。
“見たから満足”ではなく、“見たから飲める”へ連れていく。
この店がやっているのは、ラテアートの披露ではなく、入口の設計だ。


第二章|カウンターという舞台、近さという演出
ラテの表面だが、記憶に残るのは距離だ。
カウンターは、客席ではなく客席と作業台の境界線そのものになる。
ミルクピッチャーが傾き、液面がふっと明るくなる瞬間がある。
そこから先は、線ではなく流れ。
白が置かれ、茶が抱きとめ、模様が“完成”というより“着地”する。
ガラス越しに見えるのは、技術だけではない。
迷いの無さ、一定の温度、手順のリズム。
飲む前の時間が、すでに味になっている。

第三章|ラテアート:線が生まれる瞬間の、温度と呼吸
飲んだのはカフェラテ。
メモにあるのは、味の勝敗ではなく、関係の良さだ。
・ミルクが先行する優しさで、エスプレッソを引っ張っていく
・エスプレッソ自体が角のある味に感じない
・ミルクとエスプレッソが喧嘩していない
ここで重要なのは、ミルクの“支配”ではなく“牽引”という表現。
甘さが勝って丸め込むのではなく、ミルクの厚みがエスプレッソの輪郭を連れてくる。
角が立たないのに、薄くならない。
穏やかなのに、飲み終わりに残る“芯”がある。
注ぎは一気に見えて、実は細かい選択の連続だった。
ピッチャーの角度、注ぐ高さ、流量、カップの回し方。
たった数センチの違いが、線の太さを変える。
ここで面白いのは、観客が見ているのが“完成形”ではなく、完成までの迷いのなさだということ。
線が揃うのは、手が揃っているから。
手が揃うのは、頭の中のルールが揃っているから。
だからこのブースは、ラテを売っているだけじゃない。
ルールが視覚化される場所でもある。


第四章|飲んだ一杯:カフェラテの“やさしさの先行”
ミルクはラテの“材料”であると同時に、味の構造そのものになる。
脂肪分のコク、後味の切れ、温めたときの甘さの出方。
泡のきめ、つや、注いだときの伸び。
ラテアートが成立するかどうかも、ここに絡む。
店の投稿では、この牛乳の特徴として「コクがありつつ後味がすっきり」などの説明が語られている。
「ミルクが先行する優しさ」「喧嘩しない」は、まさにこの方向性と整合する。
“見せる技術”と“飲ませる味”が、同じ素材でつながっている。
この一本で、コンセプトの説得力が増す。

第五章|ペアリング:甘さは、ラテの角を丸くする
ペアリングの話題で返ってきた答えが、意外にまっすぐで良い。
「ペアリングは…チョコレートだったりとか、甘めのチーズケーキとか、そういったものは結構おすすめ」
「人気の商品はバスクチーズケーキ、抹茶のテリーヌ、チョコテリーヌ」
ラテは“乳”を含む分、スイーツとぶつかりやすいと思われがちだが、実際は逆だ。
砂糖と脂肪は、香りの橋になる。
チョコのカカオはロースト感と握手し、チーズの乳酸はミルクの甘さと共振する。
おすすめペアリング
・バスクチーズケーキ:香ばしさ×ミルクの甘さで、ラテの余韻が伸びる
・抹茶テリーヌ:青い苦味がラテの甘さを引き締め、飲み終わりが澄む
・チョコテリーヌ:カカオの厚みがエスプレッソの“芯”を濃く見せる
・板チョコ(ミルク〜セミスイート):最短距離で相性が出る、家でも再現しやすい
第六章|豆の選び方:強すぎない、効かせすぎない
終盤の言葉に、この店の設計思想がもう一度出る。
「ちょっと強すぎない、効かせすぎない…提供するのを結構試行錯誤」
ラテは、濃くして勝つ飲み物ではない。
濃さで殴れば、ミルクが負ける。
ミルクで覆えば、エスプレッソが消える。
だからここでは、強さよりバランスが優先される。
入口は広く、出口はちゃんと深い。
そのための焙煎、そのためのブレンド、そのためのミルク。
全部が一本の線でつながる。
所作メモ|ラテアートを「見る」ための観察ポイント
次から現場で使える観察ポイントを、所作として残しておく。
・注ぎ始めの高さ:高い位置=液面を整える工程、低い位置=模様を置く工程
・白の置き方:最初の白が濁らない=ミルクフォームのきめが細かい
・揺らしの幅:幅が安定しているほど、手首の出力が一定
・最後の一線:ハート/ロゼッタの“芯”は、最後の切り込みで決まる
この観察ができると、ラテは“写真映え”から“技術の読解”へ変わる。
そして読解できると、飲んだときに味が立体になる。

喫茶叙景文 ~泡の上に、ひと呼吸ぶんの静けさ~
ガラスの向こう側で、金属は黙って熱を抱く。
手が動くたび、湯気の流れが少しだけ変わり、空気の密度が変わる。
人の視線が吸い寄せられるのは、絵の完成ではない。完成へ向かう途中にだけ宿る、
ためらいの無い静けさだ。
注がれる白が、茶に沈まず、茶が白を汚さない。
交わるのに、奪わない。境界線が溶けるのではなく、境界線が整っていく。
そこに見えるのは、模様より先に、整えられた温度だ。
ラテはいつも、甘さの飲み物だと思っていた。
けれどここでは、甘さは飾りではなく、筋肉のように働いている。
ミルクが先に立ち、先に立ったまま勝たない。
エスプレッソを連れ、引っ張り、角をなだめ、芯を残す。
喧嘩しないという言葉は、仲良しという意味ではなく、互いの仕事が明確だという意味になる。
人は“芸術”と聞くと、遠くのものを想像する。届かない場所に飾られた、触れないものを。
だが、飲める芸術は掌に落ちてくる。熱があり、重さがあり、飲み終わりがある。
飲み終わりがあるから、次の一杯へ行ける。次の一杯へ行けるから、入口は入口のまま終わらない。
帰り道、舌に残るのは絵の線ではなく、温度の記憶だ。
あの一杯は、見た目で心を捕まえ、味でちゃんと放してくれた。
放されたあとに残るものだけが、また来る理由になる
店舗概要
- 1 住所:
-
東京都港区北青山2-9-13 �
るるぶWeb
- 2 アクセス:
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外苑前駅から徒歩約1分 �
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- 3 営業時間:
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11:00〜18:00(L.O.17:45) �
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- 4 備考:
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・ラテアート大会で受賞歴のあるバリスタによるラテアートが看板 �
・ブラック基調のシックな世界観、スイーツもラテに合う設計として紹介 � - 5公式Instagram:
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