白いテントの中は、光が均一で、影が少ない。
均一だからこそ、道具の形がよく見える。湯の落ち方がよく見える。
手の迷いがよく見える。
黒いドリッパーが三つ並び、紙カップが積まれ、カードが整列している。
視界のノイズが少ない。
布には SPECIALTY COFFEE BEANS No.13、そして since 2017。
主張は強くないのに、いったん目に入ると外れないロゴだ。
こだわりを尋ねると、返ってきたのは「味」よりも先に「移動」の話だった。
産地へ行き、持ち帰り、その話を一緒に渡す――。
豆を“飲み物”で終わらせず、“物語の断片”として差し出す店には、共通した静けさがある。
そして今日は、家へ持ち帰る2つのドリップパックがある。ウガンダ(中深煎り/ナチュラル)と、タンザニア(浅煎り/ウォッシュド)。この2本が揃うと、味の違いだけでなく、抽出の考え方、合う甘味、飲む時間帯まで“暮らしの置き場所”が変わる。
第一章|こだわりは「フルーティー」を飾りにしないこと
私の問いに対して、店主はこう語っている。
「コーヒーのこだわりは、フルーティーな味わいが出やすいところ。
一昨年行ったラオスのコーヒーとかも、産地に行ってくるものも提供している。毎年、産地に行ってくるものをお客さんに紹介して、ストーリーを伝えている感じ。」
ここで効いているのは、フルーティーを“味の形容”に閉じないところだ。
産地に行く。ストーリーを伝える。
この二つが付くだけで、フルーティーは急に軽く言えなくなる。派手な酸、甘い香り、華やかな余韻――その背後に、土地の空気や収穫の季節が薄く立ち上がるからだ。
フルーティーは、言葉だけだと消耗が早い。誰の口にも乗るし、誰の感想にもなる。
けれど、行って、見て、帰ってきたという事実が混ざると、言葉の寿命が延びる。
「味がした」から「記憶に残った」へ、わずかに重心が移る。


第二章|ブースの整い方が、味の受け取り方を決める
示しているのは、No.13の“場の設計”だ。
テーブル上の配置が整理され、道具は黒で統一され、紙カップが積まれ、
カードが横一列に並んでいる。会場のざわめきの中で、この“整い”は意外と強い。
・黒いドリッパーは光を吸い、湯筋と落ちる速度だけを浮かび上がらせる。
・カップの塔は提供テンポを安定させ、会話のリズムを崩さない。
・商品カードは「選び方」を短い時間で成立させる。
こういう情報が視界にあるだけで場が落ち着く。落ち着くと、香りの細部まで拾える。
味は舌だけで決まらない。場の整い方が、味の輪郭を最後に決める。

第三章|当日の掲示が語っていた「酸の設計」と「甘さの設計」
掲示には、産地別のラインナップと価格、そして風味の言葉が並んでいた。
ここが面白いのは、酸だけを前に押し出していないことだ。黒糖やフローラルが同居している。
明るさだけでは終わらせない設計が見える。
・Tanzania(掲示)
CUP:800円/Beans:1400円(100g)
イエンガ農園/ウォッシュド/標高 1,671m
風味:シトリック、ブラックベリー、黒糖、カシス、フローラル
・Laos(掲示)
CUP:850円/Beans:1500円(100g)
ジョイ農園/ウォッシュド/ボラヴェン高原
風味:マンダリンオレンジ、ベリー、黒糖
・India(掲示:飲み比べ)
CUP:1050円(飲み比べ)/Beans:2150円(60g)
カルチャーナチュラル
風味:ベリー、トロピカルフルーツ、ヨーグルト、スパイス、ジャスミン、バラ
・Colombia(掲示)
CUP:1200円/Beans:2150円(60g)
エルパライソ農園/(サーマルショック&イーストの記載)
風味:アプリコット、バブルガム、ピーチ
この並びを眺めていると、「酸は明るい」「甘さは重い」みたいな単純な図式が崩れる。
黒糖は軽く残る甘さとして書かれ、フローラルは香りの余韻として滞在する。
No.13がやっているのは、酸を尖らせることではなく、酸の上に“甘さの影”を落とすことだ。

第四章|持ち帰りの2本が、店の思想を家庭へ移植する
買ったドリップパックは、
ウガンダ(中深煎り/ナチュラル)と、タンザニア(浅煎り/ウォッシュド)。
この2本は、飲み比べとして美しいだけでなく、「家庭で再現しやすい学習セット」になっている。
・タンザニア(浅煎り/ウォッシュド)が見せるもの
浅煎りは、香りの立ち上がりが速い。酸が上に伸びる。
ただし、抽出が足りないと一気に“酸っぱさ”に寄る。
酸がきれいに見えるか、尖って感じるか――その差は、ほとんどが抽出の設計で決まる。
タンザニアの袋にある「浅煎り」「ウォッシュド」という表記は、飲む前から“注意点”を教えてくれる。
軽く淹れると軽く終わる。
軽さを成立させるには、軽く扱わないことが必要になる。
・ウガンダ(中深煎り/ナチュラル)が見せるもの
中深煎りのナチュラルは、甘さと苦味が土台を作りやすい。
だからこそ、雑に淹れても「それっぽく」まとまってしまう。
けれど、雑味が出たときは、苦味が硬く出てしまう。重さが“濁り”にすり替わる。
ここで必要なのは、強くすることではなく、丸く整えることだ。
ウガンダは「足し算」より「整える」で伸びる。
第五章|家庭再現の要点は「細かめ」と「濃いめ」と「足し湯」
インタビューの中で、最も実用的で、最も信頼できる言葉が出ている。
「浅煎りは豆が固くて味が出にくいので、ちょっと細かめにして、
思ったより濃く出すイメージで。粗くすると、思ったより出なくて酸っぱくなっちゃう。
家庭の人はちょっと細かめ。濃ければお湯足してください。」
ここでのポイントは、“濃ければ足し湯”が肯定されていることだ。
抽出は、最初に土台を作る方が安定する。
薄いまま終えると、途中で取り戻せない。
だから、最初に少し濃い側へ寄せておく。香りの芯を作っておく。最後に整える。
これは特に タンザニア(浅煎り)で効く。
“酸っぱい”の多くは、味の不足抽出として現れていることが多い。
だから、恐れずに「出す」。出したうえで、必要なら薄める。
先に作り、後で整える。

第六章|ペアリングは「味の翻訳」になる
ペアリングは“好み”ではなく、“味の翻訳”になるからだ。
「タンザニアは軽め。ショートケーキとかフルーツ系の酸味があるもの。
ウガンダナチュラルは苦味が強いので、チーズケーキとか濃厚なものがいい。」
この提案は、実に筋がいい。
タンザニアは、フルーツの明るさと同居させると香りが伸びやすい。
ウガンダは、濃厚さを受け止める土台になり、甘さが長く残る。
“甘いもの”は同じでも、組み合わせると甘さの見え方が変わる。
果実の甘さ。焼き菓子の甘さ。乳脂肪の甘さ。
コーヒーは、その甘さの輪郭を変える。
タンザニア × ショートケーキ/柑橘タルト:果実の酸味が香りの上方向を支え、明るさが出る
タンザニア × ベリー系:同系統で重ねると輪郭がシャープに出やすい
ウガンダ × チーズケーキ/ガトーショコラ:苦味が土台になり、濃厚さの中から甘さが伸びる
組み合わせの正解は一つではないが、方向は作れる。
喫茶叙景文 ~白いテントの内側で、香りは静かに輪郭を持つ~
白いテントの内側は、世界の輪郭を少しだけ薄くする。
遠くの声は紙の向こうへ退き、足音は均され、代わりに香りだけが近づいてくる。
その近づき方が、急がない。
黒いドリッパーが三つ並ぶ。
黒は光を吸い、余計なものを隠す。
隠れるぶん、見えるものがある。湯の線、落ちる速度、手の迷いの有無。
味が出来上がる前に、もう味の方向が決まっているように感じる。
フルーティーという言葉は、便利すぎる。
便利だから、すぐに置き去りにされる。
甘い、酸っぱい、華やか――短い言葉に畳まれて、記憶の端からこぼれていく。
けれど、産地へ行く話が混じると、味は畳まれにくくなる。
遠い土地の土、風、収穫の季節。
それらが“説明”としてではなく、“背景の温度”としてカップの底に沈む。
飲む側は、知らないうちに丁寧になる。
タンザニアは、光の方へ伸びる。
浅煎りの輪郭は、出せたとき、果実の気配がすっと立つ。
立ち上がりは軽いのに、消え方は軽くない。
だが、出せないとき、軽さは酸っぱさに化ける。同じ軽さなのに、意味が違う。
だから最初は、濃い側へ寄せる。
香りの芯を作っておいて、最後に整える。
濃ければ湯を足す。
足すのは妥協ではなく、暮らしに合わせるための技術だ。
ウガンダは、影の方へ沈む。中深煎りの甘さは、遅れてくる。
苦味が土台になり、甘さがその上で静かに伸びる。
硬くなりそうな瞬間だけ、丸く整える。
強く押さない。急いでまとめない。
持ち帰りのドリップパックは、小さな宿題になる。
家の台所で、湯を沸かし、袋を開け、香りを確かめる。
テントの白い光はもうないのに、手元に残った所作だけで、あの味へ近づける。
祝祭は大声ではない。
誰にも気づかれない音量で、今日の感覚を整える。
指先に残る香りが、いちばん長い余韻になる。
そして次の休み、もう一度同じ豆を淹れて、少しだけ違う温度で確かめたくなる。
店舗概要
- 1 住所:
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神奈川県横須賀市佐野町5丁目12-1※詳細は公式案内で要確認
- 2 アクセス:
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衣笠駅から徒歩13分
- 3 営業時間:
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火〜金 12:00–19:00/土 13:00–21:00/日 12:00–19:00(目安)
- 4 備考:
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定休日=月曜/支払いは会場掲示で PayPay・楽天ペイ・auPAY・Alipay 対応表示あり/最新情報は公式発信で要確認
- 5公式Instagram:










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