ベビーカーの車輪が木の床を鳴らす。
ガラス越しにひらいたテラス、白い雲のした、犬のしっぽが椅子の影をゆらす。
ここは、子どもと犬、そして大人の深呼吸のための小さな停留所。
店名の”ボンド”が示すのは接着ではなく、絆。
その言葉どおり、価格も動線も、心持ちも、すべてが”いっしょに”へ向かっている。
第一章 絆の名前、始まりの理由
きっかけは、犬をめぐるまっすぐな願いだった。
「ドッグカフェを開きたいという夢がもともとずっとあったんですね」
子どもが生まれる前から温めていた小さな火。飲食で働いていた日々が薪になり、
夫婦でいつか-という約束が芯になった。
物件との出会いは突然で、しかし迷いはない。
「ここだって思った」
ただ現実は、理想の輪郭少しだけ削る。ドッグメインは不可-その制約
が、店のかたちを決めた。
「犬も入れるキッズカフェ」
主役は子ども、けれど犬も家族。等身大の折り合いが、ここをやさし強
くした。
店名”ボンド“は語るより先に働く言葉だ。
「フランス語で絆って意味があるので、地域の方々との絆っていう感じです」
小さな手、毛並み、ベビーカーの車輪、大人のため息。ばらばらの一日を
一枚に貼り合わせる透明な糊。
この章の始まりは、夢の宣言ではなく、暮らしの現場で手に入れた現実の設計図
だ。ここから”いっしょに”が始まっていく。


第二章 パンと組み立てる、地域の”ファミレス”
館内(近くのカインズ)のフードコートに中華麺が多いーーその風景を見て、ここは別の選択肢
を置こうと決めたという。
「犬も来られるキッズカフェだけど、目指すのは地域のファミレスです」
火力の制限があるテナントでできる最適解を探し、核に据えたのはパン。
最初の一歩はバゲットサンド。塩気のの利いた硬派な生地が、甘いものにも
塩気のある具にもよく響く。噛むたびにザクッと音が立ち、口の中で具材
の輪郭がはっきりしている。
「中華麺以外が食べたいという声が多いので」
パンを中心に据えつつ、キーマカレーやパスタも少しずつ。親が子どもの様子
を見ながらでも食べやすい形、取り分けやすい量感に寄せる。メニューは固定し
すぎない。常連の声が一皿を少しずつ変えていく。
パンは業務用の流通から選び抜いた。
「いろいろ試したんですけど、バゲット生地が一番美味しかったので」
甘い”あんバター“にも、塩気のある具にも合う。やや高くついても、その食感と
風味を優先した。
コーヒーには肩肘張らない。
「コーヒーは得意分野ではないので、低価格で気軽にーー地域のコンビニみたいに」
こだわりの物語を語るより、手に取りやすさで支える。1000円以内でお腹いっぱいに
ーーその約束を守るために季節メニューで変化をつけ、無理のない仕入れで回していく。
最後に店主は静かに言う
「お客さんと相談しながら、少しずつ良くしていければ」
声に合わせて、パンの表情も皿の配列も、日々すこしずつ更新されていく。
ここは”選べるごはん“置き場。家族連れも、犬連れも、ひとりの午後も、同じテーブルに
おける温度で。


第三章 甘じょっぱさの設計図ー”あんバター”
核に据えたパンの中でも、看板はあんバター。
構成はシンプルなのに」、味の時間は立体的だ。まず甘みで迎え、途中で
塩が輪郭を描き、最後にバターのコクが静かに落ちる。
「あんこ多めです」
「甘じょっぱくしたいので、なるべく塩を入れて」
「バターはなるべく固形が残っている状態で食べてほしいので」
ザクッと噛むたびに、バケットの塩気が微細に解けていく。最初はあんこと生クリーム
のやさしさ、食べ進めるとふっと”しょっぱさ”が顔を出し、そこでバターが現れる。
甘さを抱きとめる塩、塩をまろやかに包むバター。カップのコーヒーを一口ーー
奄美が洗われ、戻り、また一口が欲しくなる循環。
持ち帰りたいという声にも、温度の現実で向き合う。
「 テイクアウトしたいって言われたら、お断りはしないですけど、バター
溶けていいですか?って言うのは絶対に言っています。」
「なるべく早めに食べていただきたいですね」
固定化しのは、ここが”家族で食べやすい場所”であり続けるため。
甘じょっぱさのバランスも、パンの噛み応え、日ごとに微調整される。噛むよろこびと、
飲みひとやすみ。その往復運動こそ、この店のデザートだ。

第4章 空間が主役ーー親子と犬が同じテーブルにつく
ドアをくぐると、視界の端に白とグレーのプレイスペースがひらく。
ミニ滑り台、囲い、読みかけの絵本。低い目線で世界をつくり、親の視線
はテーブルから子へまっすぐ届く。外にはデッキ、ガラス越しに広場の緑が
揺れて、店内の時間はやわらかく折りたたまれる。
ここでは料理やコーヒーより先に”余白“が出てくる。
ベビーチェアはすぐ手の届くところに、音量は穏やか、照明はまぶしすぎず暗
すぎず。食べやすさの導線が、静かに整えられる。
この空間づくりがいちばんの誉め言葉を連れてくる。
「ゆっくりご飯食べれてよかった」
「空間として褒められたときが一番嬉しいです」
忙しい日常のフォーメーションを、ここでは一度ほどく。抱っこ、交代、
急ぐ食事ーーその慌ただしさが、椅子に腰を下ろす動作と一緒に少しずつ
ほどけで行く。
犬もまた、家族だ。
「店内ワンちゃんOKっていうのはあんまりないので」
「ワンちゃんt一緒に食事ができてよかった」
リードを短く持ち、カップの湯気をよけ、尻尾のリズムに合わせて笑う。
親子の声と犬の息づかいが、同じテーブルの上で混ざり合う。
めざす場所は、特別よりも”ふつう“の少し先。
「 基本は地域の住んでる人たちが、手軽な価格にしても、入りやすさにし
ても、手軽に来れるところでありたいなと思っています。」
飾らない椅子と、デザートでもある。誰かの日の”無心になれる瞬間“のため
に、今日も空間が先に整えられている。


第五章 ”地域のファミレス”の約束ーー1000円の満足と、季節の更新
ボンドの未来は、拡大ではなく”更新“にある。
大きな看板を増やすより、季節を一枚をめくる。価格を上げるより、工夫を
一つ足す。ここでそれが、いちばん確かな前進になる。
「基本は最低ライン1000円でお腹いっぱいっていうのがあるので」
物価が揺れても、家計が息を整えられる皿を守りたい。そのために、定番
は無理なく続けられるレシピへ、仕入れは背伸びしすぎない選択へと整えて
いく。
「お客さんの意見を聞きながら」
「季節メニューは出したいなと思っています」
週に一度の人も、月に何度もの人も、飽きが来ないように。バケットの
ざっくりした塩気に、旬の具材をのせ替える。キーマカレーの辛さ日々の
声で微調整する。”地域のファミレス“は厨房と客席のあいだでつくられて
いく共同作品だ。
ここで大切にしているのは、味だけでは終わらない時間。
「本当に無心になれるような瞬間があっても全然いいと思うんですよ」
読みかけのページ、ぬくいマグ、深呼吸。
「基本は地域の住んでる人たちが、手軽に来れるところでありたい」
犬も子どもも大人も、日常の延長線上で同じテーブルにつく。その”ふつう“
を守るために、ボンドは今日も小さく季節を更新していく。


最後にーー 絆のテーブル
午後のひかりがテーブルの木目をすべり、湯気はゆっくり天井へほどけていく。
カウンターの奥ではバゲットの断面が小さく鳴り、あんこの重みと塩の粒が舌の
上で寄り添う。
リードフックの金具がかすかに触れ、尻尾が床をやさしく叩く。
絵本のページがめくれる音、マグを置く音、深呼吸の音。小さな生活の調べが、店内
の空気を編んでいく。
ここでは、特別であることより、普通であることがご馳走になる。
子の寝息に合わせてカップが傾き、視線は湯気の向こうで合図を交わす。
“無心になれる瞬間”が、ひと皿の余白にそっと置かれている。
ガラス越しの光が薄く青く、奥に溶ける。
名前の由来どおり、絆は目に見えない糸でテーブルとテーブルをつないでゆく。
鈴が一度だけ鳴り、外気が頬に触れる。振り返れば、手を振る影。
帰り道、胸の高さに残る湯気のぬくもり
また、来よう、と口に出さずに決める。ここでは季節が静かにめくられ、日常が
少しだけ甘くなる。
店舗概要
- 1住所:
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埼玉県 朝霞市 根岸台3-15-3 ネイバーズストアA
- 2アクセス:
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東武東上線「朝霞駅」東口から徒歩約21分
- 3定休日:
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水曜定休。土日祝は不定休との案内あり。
- 4特徴:
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キッズ・ドッグ歓迎という点から、家族ペット連れにも居心地を
提供する”地域のカフェ”という立ち位置です。












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