イベント会場の空気は、いつも少し急いでいる。
人の流れ、紙カップの手触り、風の冷たさ。情報が多い場所ほど、味の記憶は薄くなりやすい。
けれど、このブースは黒が多い。
布も、袋も、抽出の器具も。黒が光を吸って、余計なものを消していく。
残るのは、湯の線と、香りの立ち上がりだけ。
正面に大きく掲げられた THE COFFEESHOP のロゴが、会場のざわめきの中で“静かな看板”になっていた。
そして、公式サイトに置かれていた言葉が頭をよぎる。「究極のコーヒー体験」。
それは派手な演出のことではなく、むしろ逆だ。
複雑でシビアな一杯に、日々まっすぐ向き合うこと。
このブースの静けさは、その態度の延長線にある。
第一章|合言葉は No sugar, but sweet
「お店のコーヒーのこだわりは?」
そう投げると、返ってきた言葉が強い。
「うちは“ノーシュガーバッドスイート”というコーヒーです。」
砂糖がなくても、コーヒー本来の甘さを引き出す。
もともと甘いコーヒーをラインナップに置く。
奥に甘さがいてくれたりするコーヒーが多い。
この短い説明の中に、店の思想が全部入っている。
甘さを足すのではなく、甘さを見つける。甘さを作り込むのではなく、甘さが出る条件を整える。
“甘いコーヒー”は誤解されやすい。
香料っぽい、単調、わかりやすい――そういう甘さを想像してしまう人もいる。
でもここで言う甘さは、砂糖の甘さではない。焙煎と抽出が引き出す、余韻の甘さだ。
飲んだ瞬間に派手に甘いわけではない。
むしろ、飲み終わった後に「甘さが残っていた」と気づくタイプ。
遅れてくる甘さを、店は“当たり前”のように扱っている。

第二章|公式が語る「究極」:厳選・焙煎・抽出
・品質をシビアに見極めて厳選した生豆
・その豆の風味や味わいを最大限に引き出す焙煎
・焙煎で表現された個性を自然に、しっかり抽出する抽出
ここでのポイントは、“単純ではない”ことを最初から認めていることだ。
知識・ノウハウ・経験が必要で、それぞれが深く、ブラックホールみたいに奥行きがある。
だからこそ、甘さは簡単に作らない。作らずに、出す。
現地で受け取った No sugar, but sweet は、この公式の骨格ときれいに重なる。
甘さは味の属性ではなく、工程の結果。結果は、日々の問いの積み重ねでしか作れない。

第三章|袋の整列は、味の設計図になる
テーブルの上には、黒い袋が整列している。
同じ色、同じ質感、同じタイポグラフィ。
ぱっと見は無口なのに、よく見ると一つひとつが“別の物語”を持っている。
・Colombia El Paraiso Lychee Peach(発酵/熱衝撃系のプロセス表記)
・Guatemala Abel Valladares Geisha
・Honduras El Tango Geisha
・Ethiopia Banko Chelchele Washed
・Original Blend February MIX 2026
そして横には ORIGINAL DRIPBAG SERVICE。
単品のドリップバッグが買える導線があり、
イベント会場でも「家に連れて帰る」選択肢が明確に置かれている。
“その場で感動した味”を、家のテーブルへ移植する。
この発想があるブースは、体験が一回で終わらない。記事も一回で終わらなくなる。

第四章|ROASTING:また飲みたい、ずっと飲みたいと思えるように
焙煎は味を決める重要工程。
豆の特徴・ポテンシャル・焙煎日の気温/湿度/気候など、
複数要素に細心の注意を払う。
ただし、最も重要視するのは別のところにある。
「また飲みたい、ずっと飲みたいと思えるコーヒーに仕上げる」
“上手さ”を誇るのではなく、“飲み手の継続”を考える。
この方向性があるから、甘さの扱いが上品になる。
甘さを派手に見せないのに、残る。残るのに、疲れない。
No sugar, but sweet の“奥に甘さがいる”感じは、焙煎の視点から見ても納得がいく。
甘さは前に出さない方が、長く出せる。
第五章|CUPPING:基礎だからこそ、疎かにしない
公式が明言しているのは、カッピングを“イベント”にしないこと。
豆の購入時、焙煎後、品質チェック、豆の切り替え時、社内研修――多岐にわたって行う。
そして、その理由がまっすぐだ。
「最高のコーヒーが届けられているのか」
この問いを、日常の中で途切れさせないために、カッピングを疎かにしない。
甘さの再現性は、ここで担保される。
“たまたま甘かった”ではなく、甘さが出る状態を毎回つくる。それが品質。
買ったドリップパックが「家での味」まで想像させるのは、ここが強いからだと思う。
会場だけで完結させない、という設計。

所作メモ|BREWING:甘さは、抽出の“余白”に住む
・No sugar, but sweet(甘さを足さず、引き出す)
・ペアリングは あんこ/チョコレート など幅広く
・家で再現するなら、2月限定は 湯温を下げて86℃ が鍵
公式のBrew Guideが掲げるのは、
器具・挽き方・粉量・注湯タイミングの全体のバランスを整えること。
つまり、抽出は“正解探し”ではなく、整える技術だ。
湯温を落とす理由は明快。
高温で押すと、苦味の角が立ちやすい。角が立つと、甘さの余韻が短くなる。
ペアリング|「甘さの厚みを、香りでほどく」
・チョコレート × February MIX 2026(86℃):カカオの苦味が甘さの出口になり、余韻が長くなる
・あんこ(どら焼き/羊羹) × February MIX 2026:和の甘さに香りが差し込み、重さだけで終わらない
・ナッツチョコ × February MIX 2026:香ばしさが増えるほど、甘さが深く見える
喫茶叙景文 ~黒い布が風を受けて、白い文字だけが残る~
黒い布が風を受けて、白い文字だけが残る。
会場は賑やかなのに、そのブースの前だけ、呼吸が少し落ち着く。砂糖のない甘さ。
言葉だけなら軽いのに、口に含むと軽くない。
甘さは前に出ず、奥にいる。奥にいるから、探してしまう。
探しているうちに、味が記憶になる。
黒い袋が整列して、どれも同じ顔をしている。
同じ顔をしているのに、味は違う。違いを見分けるのは、舌より先に、たぶん時間だ。
一口目で理解できる甘さではなく、飲み終わったあとに「残っていた」と気づく甘さ。
遅れてくるものほど、生活に馴染む。
“究極のコーヒー体験”という言葉が、派手に響かないのがいい。
究極は、最短距離の反対側にある。
焙煎の気温と湿度を見て、豆の特徴を読み、何度もカッピングを重ねる。
それは特別な一日ではなく、普通の日々の繰り返しで、やっと辿りつける場所だ。
カッピングを疎かにしない、と公式は書く。「最高のコーヒーが届けられているのか」。
問いの形が、そのまま味の形になる。甘さが前に出ないのは、控えめだからではない。
“毎回同じように、奥に甘さが居る”状態を守っているからだ。
家に帰って、湯を沸かす。
沸いた湯を少しだけ待って、温度を落とす。
苦味で押し切らないために。甘さを壊さないために。
チョコレートの影と手をつなぐために。
ドリップパックは、簡単な道具だ。簡単だから、雑にもなる。
けれど、簡単だからこそ、整えることがはっきり見える。
蒸らしの数十秒、注ぐ線の細さ、待つ時間。
小さな所作の積み重ねが、味の奥行きを変えてしまう。
甘いものは強い。あんこもチョコも、気を抜けばコーヒーを飲み込む。
けれど、飲み込まれない方法がある。押し返すのではなく、並ぶ方法がある。
香りを先に置いて、甘さの出口を作る。
そうすると、甘さは“ただ甘い”から“長く続く”へ変わる。
カップを置く。指先に、まだ少しだけ温かさが残る。
祝祭は大声ではない。誰にも気づかれないくらいの音量で、今日の一日を整えていく。
黒い布のロゴを思い出す。
白い文字だけが残るあの景色は、味の後ろ姿に似ている。
飲み終えて、空になって、静かになるほど、甘さがはっきりする。
砂糖の話ではなく、手触りの話として。甘さは、足されない。
見つけられる。見つけられた甘さは、しばらく指先に残る。
店舗概要
- 1 住所:
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東京都渋谷区富ヶ谷2-22-12(店舗)/神奈川県横須賀市田浦1-54-B1(焙煎所)
- 2 アクセス:
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駒場東大前・代々木上原エリア(店舗)/JR田浦駅 徒歩圏(焙煎所)
- 3 営業時間:
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店舗 8:00–17:00/焙煎所は土日祝のみ営業(時間は公式発信で要確認)
- 4 備考:
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拠点が複数あるため、来店・営業日は公式SNS/公式サイトで最新確認推奨
- 5公式Instagram:











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